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「九鼎大呂」のお話

さて、漢検準1級受検者にはお馴染み(?)の四字熟語に、「九鼎大呂」というのがある。

手元の漢検四字熟語辞典を確認してみると、その意味は、

貴重なもの、重要な地位や名望のたとえ。「九鼎」は夏の禹王が九州(中国全土)から銅を献上させて作った鼎、「大呂」は周王朝の大廟に供えた大きな鐘のこと。ともに貴重なもののたとえ。

と説明されており、更に、出典として、「史記」<平原君伝>が挙げられている。

そこで、まず、図書館から借りてきたちくま学芸文庫の『史記5 列伝一』に載っている「平原君虞卿列伝第十六」を見てみると、趙王の諸公子の一人である平原君のセリフとして、次のような記載があった。

毛先生が、ひとたび楚に行くと、趙の国威を九鼎・大呂(周の廟の大鐘)よりも重くした。

ちなみに、毛先生とは、平原君の門下の一人である毛遂のことであり、「嚢中の錐」、「穎脱」というこれまた漢検準1級受検者にはお馴染みの成語も、この毛遂と平原君とのやりとりにまつわる成語であり、平原君伝が出典となっている。

それはさておき、次に、ずいぶん前に購入して、途中まで読んでほっぽらかしてあった岩波文庫の『史記列伝(一)』(1992年11月13日発行の第30刷)に載っている「平原君・虞卿列伝 第十六」の方を見てみると、対応する記載として次のようなものがあった。

毛先生はたった一度の楚国の旅で、わが趙の国をば九つの鼎より重いものにしてくだされた。

うん?九つの鼎?上記漢検四字熟語辞典の説明を素直に読むと「九鼎」の「九」は九州の「九」から来ており、鼎は一つのように読めるのだが。。。それに大呂はどこに行った?

更に、なにかの足しにと、ブックオフで見かけた時に購入した宮城谷昌光著『史記の風景』の「消えた九鼎」という章を見てみると、次のような記載がある。

九鼎をつくったのは夏王朝の始祖の禹王であるとつたえられる。鼎に彫られた絵柄は中国全土をなりたたせている九つの州をあらわしていたらしい。

この説明を素直に読むと、やはり、鼎は一つのように読める。そうすると、もしかして、岩波文庫の方は、誤訳か!?。そう思って、この記事を書き始めたのだが、念のためにと、漢字源で「九鼎」を調べてみると、次のような記載が。

夏の禹王が中国の九州から銅を集めてつくらせた鼎。夏・殷・周にわたって天子の宝とされた。▽一つの鼎とも、九つの鼎ともいわれる。[漢字源 改訂第五版]

『一つの鼎とも、九つの鼎ともいわれる』って。。。そう言われると、上記説明はいずれも、必ずしも一つの鼎だとは言ってはおらず、九つの鼎だったとしても、成り立つと言えば成り立つ説明になっているなぁ。

ちなみに、「消えた九鼎」によれば、九鼎は、周王朝が滅亡した際、移動中に泗水という川に沈んで、行方不明になってしまったとのこと。そう言うわけで、九鼎が、一つの鼎か九つの鼎かは不明ということらしい。

最後に、おまけ(?)として、横山光輝の漫画「史記4」に載っている第18話「嚢中の錐」も見てみると、該当するエピソードは存在するのだが、ちょうど、上記平原君のセリフの部分だけが抜けていた。それはさておき、上述したように、ずいぶん前にふと思い立って読み始めた岩波文庫の「史記列伝」の方は、途中であっさり挫折したのだが(汗)、横山光輝の漫画版「史記」の方は、ぐんぐんと読み進められる(笑)。やはり漫画の力は偉大である。そして、先に漫画で読んでから、該当する部分を文庫の方で読むと、いきなり読むより、面白く読めたりもするのである。そう言うわけで、岩波文庫版等で挫折した人には、横山光輝の漫画版「史記」全11巻はおすすめではないかと。自分自身は、基本、ブックオフで見かけたら買うようにしているので、第8巻と第11巻はまだ読めていなかったりするのだが(汗)。

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